TAO Vol.8
(ふん!待ってろ、直ぐにクビになってやる!)
イリアは鼻を鳴らしながら意気込んでいた。マイアに言われたことが多少なりとも悔しかった。やれるならやってみろと言われているような気がして心の中で地団駄を踏んでいたのだ。
けれどイリアには勝算がある。
思わぬことが布石になったものだと、イリアはほくそ笑み意気揚々と今一度ジェイドの部屋へと向かった。
今ならジェイドが怒っているかもしれないのだ、これを逃す手はない。
イリアの勝算、それはあのシーツだった。
あの手の位の高い人間は、往々にして自分を無碍にする人間を嫌う。貴族然り、王族然り、片付けておけと言われたのにも関わらず、シーツをくしゃくしゃにしてそのまま置いて出て行ったイリアを馬鹿にした、軽く見られたと憤慨するに違いなかった。ジェイドも人を罠にかけるくらいなのだから、これをチャンスにイリアをここぞと責め立てる。そしてこれがイリアに与えられたチャンスにもなる。
クビにされました。そう直ぐにでもマイアに報告しに行ってやろう。
笑いが止まらない。
はずだった。
「まだシーツ片付けてなかったのか?それ捨てていいから後で他の奴に別なのを持ってこさせろ」
怒っている様子など微塵にも見せず、ついでに処理の仕方まで教えてくれたのだ。
待て待て待て、と突っ込みそうになった。
これではクビになることが出来ないではないか、と予想外の展開にイリアは少し混乱した。
「あ、あの、怒ってないのですか?」
「まぁ世話役のことも知らなかったみたいだし。職務放棄って言っても結局戻ってきただろ?」
何だ、この優しさは。慈悲に溢れたセリフは。
違う、これは自分が期待した言葉と全く逆だと、勝算が狂い始めたことに焦りを感じた。
「それに俺は恥知らずではあるが怒りっぽいほうではないしな」
「あっ!」
それはもしかして・・・
「き、聞かれていたんですか?」
「お前は自分の声の 大きさと壁の薄さを知ったほうがいいな」
爽やかに笑って仰ってくださるアドバイス。実は本当は怒っているんじゃないだろうかと疑うほどに眩しく、神々しい笑顔に息を呑む。
だが、これで完璧に出鼻を挫かれた。イリアの勝算が一気に捕らぬ狸の皮算用に変わる。
罠ではなかったのだろうか。
(ま、まさかこの寛大さが罠?!)
有り得る、と妙に納得して警戒を強めた。
ここでもう一度シーツを投げ返したら、もしかしたら怒り出すかもしれない。そう思って見たくもないベッドの脇に、くしゃくしゃになって落ちているシーツに目をやった。けどこれをもう一度手に触れるのか、と思うとゾゾっとして目を逸らした。
うーん、と考え込んでいるとふとジェイドがじっとこちらを見ていることに気が付く。
強い視線がイリアを捕らえる。あの漆黒の瞳がまた、イリアを引きずり込むように強く、強くイリアを貫くのだ。
シーツよりもゾクっとした。
「侍女を呼んできます」
視線を外すために声に出し、逃げるための口実を作った。
部屋を出て、扉に凭れかかるとやっと緊張が解けたような気がした。
□□□
「スチュアル、お前知ってたな?」
部屋に帰れば開口一番に大事なことを言わなかった親友を責めた。ずっとこの城で働いていたのだからスチュアルだってジェイドの世話役のことを知っていたはずだ。
今日言われたことを話すとスチュアルはきょとんとして
「知ってたと思ってた。だから昨日あんなに怒ってるんだろうなって」
知らないと知っていたら話していた、と今さらながらにそう言ってくれる親友のタイミングの悪さに泣きそうになる。
「俺は王子の護衛になったことないけど結構大変らしいな」
「まぁ・・・、かなり」
人づてに聞いているだけのスチュアルはその大変さは上辺のものしか知らないが、着任二日目にしてのこのイリアの疲弊振りに、本当に大変だということがやっと実感をもったような気がした。
「でも俺さぁ、今日真面目に侍女を尊敬したよ。あのシーツを平気な顔して回収して新しくシーツを敷いてくんだぜ?まぁ、実際侍女は現場を見てないわけだから、あんまりリアルに感じなかったかもしれないけど、でもシーツ見ただけで情事の跡だってわかるし。俺にはムリだって!俺、自分で連れて来ながら心の底から済まないって罪悪感が込み上げてきた!」
シーツを変えてくれるだけでよかった。くしゃくしゃのシーツの処分までは期待してなかったが、率先してやってくれた侍女に感謝と申し訳ない気持ちが溢れ出た。自分でやるから、と遠慮がちに言うと「私がいたします。お気遣いありがとうございます」と頭まで下げられたのだ。
「俺、これまで以上に侍女を大切に扱うって今日誓ったよ」
彼女の後姿は輝いていた。
イリアを救う光となったのだ。
「で、その後罠は仕掛けられたのか?」
「いや、王子はそのまま疲れたと言って寝たよ」
ちなみに疲れたの前に「体を動かしすぎて」と付け加えられていたが。何で身体を動かしたのかを、生々しく説明してくれなくてよかった、と本気で思った。
「じゃあ罠を張り巡らせるのは明日以降か」
スチュアルは顎に手を当てながら考え込む。
もちろんクビにならないように考えてくれているのだろうが、残念だがイリアは全く別のことをしようとしている。スチュアルには言ってはいないがその罠に自ら飛び込もうとしているのだから。
「ま、お前なら大丈夫だと思うが」
そう期待されると、それを裏切ろうとして いる自分が悪いことをしているような気分になる。
ザイードもスチュアルも、本当に何を持って自分なら大丈夫だと言うのだろうか。
「とりあえずアドバイスとして言えることは『女に注意』だ」
「・・・女?」