TAO Vol.3
(女の声?)
扉を開いて一歩踏み出した部屋は昼なのに薄暗く、一切の陽光をカーテンで遮られていた。唯一ベッドの脇のランプが仄かな光を放ち、僅かな光を齎している。
その薄暗さに初めは馴染めず、どこに何があるかすら判別不能であったが、唯一の光源を探り当てるとその後ろにある重厚なカーテンがかけられた窓、次に隣にあるベッドを確認できた。
そしてそのベッドの上には―――
「あ・・・王子・・・」
しなやかに反れる白い肢体。
背中を弓のように反らして、その反動で波打つ長い髪はさらりとその肩にかかる。
そしてその細腰にかかるのは女よりもゴツゴツした男の手。
感極まったかのように何度も男の上に乗った女は喘ぎ、身体を自ら揺さぶらせている。
目が点になるとはこういうことだろうか。目が飛び出すとはこういうときに使う言葉だろうか。
目の玉を出っ張りすぎて零れ落ちてしまうのではないかというほどに瞠目し、円く開いた目を崩すことができない。
(こ、これは・・・)
もしかしなくても自分は他人の情事の一場面を目撃してしまっているのではないだろうか。
無意識に足が後ろに下がって、踵が自分で閉めた扉に当たってさらにうろたえた。
目を逸らせない。
逸らしたいのに逸らせない。
女の人の白い肢体が異様に綺麗で、暗闇の中でもそれだけが白く浮かび上がっている。網膜に焼きつく身体。髪が身体に落ちる度に髪が踊っているようにも見えて。女の人の身体をこんなにも綺麗で、妖艶に思えたのは初めての経験だった。
「どうした?」
男の声が聞こえる。イリアの 目に入るのは女性の身体だけだというのに、どこから聞こえてくるのだろうかと眼球だけを懸命に動かして探してみれば声の主は女性の下でベッドの上で横たわっていた。
ビクっと女が身体を震わせると、もう一つの身体が目の前に現れた。
女を抱いている男が上半身をベッドから起こし、腰に回していた手を今度は肩に持って行きイリアを一瞥すると、男は見せ付けるかのように女の肩にそっと口付けた。
かっと自分の顔が真っ赤になるのがわかった。
自分は男にからかわれている。
そっと肩から口を離すとその口元は薄く笑っていて、まるでイリアを馬鹿にしているようだった。
手探りでドアノブを慌てて探して、指先に当たったドアノブをガチャガチャと何度も上下させて開けようとしたが、もたついてドアノブから手が滑り落ちる。
「どうした?」
今度は笑い混じりの声。
馬鹿にされている。赤くなってうろたえる自分を笑っている。
あの心地良い声に馬鹿にされていることが、更にイリアを狼狽させ居たたまれなくさせた。
「あぁ・・・っ!」
「ひっ」
女の悲鳴にイリアも驚き悲鳴を上げる。それにまた男が笑ったような気がした。
「し、失礼しましたっ」
やっとドアノブをこの手で掴むことが出来、慌てて扉の外へと逃げ出した。
今だ高鳴る心臓。
服の上から鷲掴みながら、扉に背を向けて汗が身体中から噴出す感覚をこの身に感じた。
何度も、何度も深呼吸して心を平静にと努めると、ふと気が付いたことがあった。
「も、もしかして、あれがジェイド・・・王子?」
気付いてしまった。
そして気付いてしまったからには、気になって仕方なくなる。
本当にあれがジェイド王子だったのかと。
顔は・・・暗くて見えなかった。あの馬鹿にしたように笑う口元だけが見えただけだった。
はっきりとは見えなかったが、だが殿下の私室に堂々といて、しかもあんなことを出来るなんてジェイド以外にはどう考えたってありえない。
(どうする?確かめるか?)
だが、どうやって、イリアは一人自答した。
放っておく、などと無理だ。こんなにも気になって仕方がなくなっている。しっかりと確認してみないと安心してここで事が終わるのを待つことも出来ない。
ここは、意を決して恥を忍んで中の人物に聞くしかないのだろう。
それもまた赤面ものだが仕方が無い。それしかイリアに取れる行動はないのだ。
「あ、あの、・・・あのぉ・・・」
扉をノックして5cmほど扉を開けて中を窺いつつ、気弱ながら、それでもしっかりとした声で部屋の中に声を掛ける。
また女の嬌声が聞こえ てきて冷や汗がどっと出てきた。自分がとんでもなく恥ずかしいマネをしているのは分かってはいたが、まざまざと実感させられる。
「あの、つかぬ事をお聞きしますが、・・・あの、ジェイド王子であらせられますでしょうか?」
言っていてかなり間抜けな質問だと思った。
「ま、そうかもな」
そうかもな、ってかなり曖昧な答えだがやはり部屋の中の男性がジェイド本人なのだ。信じられないことに。・・・いや、むしろこっちの方が信憑性があるのではないだろうか。あの噂どおりならジェイドは無類の好色、城に女を連れ込んで戯れているとか。
(噂は本当だった・・・)
噂を唯の噂に過ぎないものと信じていたのに、任務初日から核心に触れるような場面に遭遇するはめになるとは。
予想通り、いや予想以上の展開にイ リアは愕然として身体が崩れ落ちるような感覚に陥って、崩れぬように必死に扉にしがみ付いた。
「何だ?入ってこないのか?」
「入れません!」
馬鹿なことを!イリアはついでに無礼なことまで口走りそうになってしまった。
「一緒にヤるか?」
「やっ!??」
叫んだまま口をそのままパクパクさせて真っ赤だった顔が更に真っ赤になり、全身から汗が噴き出てくる。
「お、王子!お戯れはほどほどになさってくださいっ」
「だからお前も一緒に戯れないかと言っている」
「ち、ちがっ!そそ、そういう事ではなくてですね!」
叫びながら泣いてしまいそうになった。これは完全に遊ばれている。まともに顔も合わせてもいない相手に遊ばれるなんて。
「お、王子。私はどうしたら・・・」
一緒に戯れるなど言語道断、有り得ない。かといって任務とは言えジェイドが終わるまで部屋の中にいるのも、精神的に耐えられるわけがない。
縋る気持ちで聞いてみると
「終わるまで、外で待っていろ」
との指示が出たので、大人しく部屋の外で何故だか肩身の狭い思いで立つ。
本当、ジェイドの部屋が防音でよかった、と心の底からそのことにひたすら感謝した。