TAO Vol.2
このザゥ王国が今抱え込んでいる大きな問題の一つが、国民を巻き込んで城の中で波紋を呼んでいる。
現王であるディアル・カルカロッタ・ザゥは齢40で在位16年の誉高き王であるが、ただ一つ国民から非難を受けているのはその後継者についてだった。
ディアルの一粒種のジェイド・カルカロッタ・ザゥを現時点で立太子し、事実上第一王位継承者としてはいるが、それに異を唱えるものも少なくない。
現に城の内外で反対派が出来てもいる。
ジェイドの代わりに掲げられているのがディアルの弟であり第二王位継承者であるレイド・カルカロッタ・ザゥ。多くの元老院を筆頭にジェイドへの対抗勢力としてここ最近頭角を現し始めた。
だが、それがこの後継者争いの直接の原因ではなく国中でその悪因とされているのが実はジェイドの言動であり、王としての素質を疑われているからだ。
あまりにも有名なその噂はもちろん国中に広まっているし、イリアの耳にも届いている。
(あぁ、考えたくない)
その扉の前に立ち尽くして考えを振り払うように、頭を横に振り回してクラクラする頭で扉を見つめ続ける。
考えたくないが考えなくてはいけない。今この扉の向こうにいる人物のことを考えて自分はいかなくてはいけないのだと、思いながらもどうも普段の任務よりも気が乗らずにやる気を失くしてしまう。
近衛兵になったイリアの任務は、信じられないことだが、このジェイドの警護だった。
あまりの大抜擢に、腰を抜かしそうになったが、次にイリアを襲ったのが不安だった。
あの噂。噂は噂。されど噂だ。
あんな噂などもしかしたらデマかもしれない、本当であっても気にしなければいいのだと思いはすれども、先入観というものは簡単に拭えぬものらしく、まだ会ったこともない人間についてあれこれ馬鹿みたいに憶測を並べて苦手意識を先行させている。苦手な人物、自分とはそりが合わない人物と勝手に決め付けて事前に誰にも立ち入ることの出来ない壁を作り上げてしまうのはイリアの小さいころからの癖だ。警戒心が強すぎるのは周りからも指摘され、分かっているつもりではあったが、それでも兵士をやっていく上では十分に役に立ってきた癖だ。
これがこれからの任務にいくらか役立ってくれればいいのだが。
何はともあれ、この扉を開けないことには何も始まらない。
緊張故か、はたまた不安故か高鳴る胸を抑え付け、一瞬躊躇った後に強く扉をノックした。
打ち震える心臓、身体。緊張と不安の感情の他に見え隠れするもっと心に響くもの。本当はそれが心臓や身体を一番震わせているのかもしれない。
だが、待てども待てども部屋からの返事はなく、沈黙が1分ほども続いてしまうと決意していたものも次第に萎え、不審へと変わる。
(いない?)
主は不在なのだろうか。再度確かめるためにノックを、今度は先ほどよりも強めにした。
その直後、部屋の中から微かな物音を耳に捕らえた。訓練しているため聴覚には自信があるため、間違いなく部屋の中で今物音がしたことを確信する。
「・・ ・あのっ!」
ドンドン、と2回ほど更に強く叩いて返答を待つ。
「・・・誰だ?」
扉越しで少しくぐもった声が返ってきて、イリアは安堵の息を出した。
物音に敏感になって余計な心配をしていたのかもしれない。もしかしたら自分が来る前に何か良からぬことが起こっていたのではないかと。
「この度、殿下の警護をすることになりましたイリア・アドネイルです」
「・・・入れ」
心地のよい声だと思った。
扉越しのため元来の透明さは欠けてしまっているが、だがその流れるような心地良さは一切欠けることなくこの耳に届く。
聞き惚れる、など自分にはないことだと思っていた。警戒心が強ければその心に入り込む隙も少なくなる。なのにこの声はするすると隙間を潜り抜けてあっという間に染み渡ってしまうとは。
「・・・どうした?」
はっとする。そんなに自分はこの声に聞き入ってしまっていたのだろうか。
「すみません!失礼致しますっ」
この声の主に会える。そう思うと、イリアの胸は自然に高鳴った。
ザゥ王国現国王の嫡子で、王位第一継承者。
国中で知らぬ者はいない、無類の好色、節操なし。奇人・変人の色狂い。
そのくせどこか心地良い声の持ち主。
ジェイド・カルカロッタ・ザゥに。
「あぁんっ・・・!」
そして意気込んだ矢先。
一瞬で身体が固まってしまった。